jeudi 15 octobre 2015


お国変われば運転マナーも変わる

皆様、私、フランスからカナダに移り住んで一番うれしかった事があります。

それは車の運転です。

日本で運転していた時は、まあ、嫌なこともありましたが、強いストレスを感じたことはありませんでした。

しかし、フランス、フランスというよりパリです。パリの運転が強烈でした。

車で町に出かけるときには「さあ、これから戦いね!」と心でつぶやいたほどです。

駐車場を出た瞬間から、戦いは始まります。

駐車場から道路に出る前に歩道を横切らなければいけません。

歩行中のパリジャン(パリの人のこと)は、簡単に車のために道を譲ってくれません。

ずっと待っていたら、そこにずっといることになります。

ですので、無理やり、前にでるのです。もちろん、人はひきませんよ。

「私を行かせてくれなかったら、ひいちゃうよ!」ぐらいの勢いで前にでなければ行かせてくれないのです。

我が家からパリ中心部に行くには、皆様もご存知のあの凱旋門を通らなくてはいけません。

ここが私の「激戦区」でした。

ここは丸いサークルになっていて、凱旋門を中心に十二本の道が放射線状に通じています。サークルは左回りです。サークル内には信号はありません。また車両を区切る線もありません。ですので、放射線状の右方向から道から入ってきた車が、また、ちがう放射線状の右方向の道へ行きたいわけですから、この12本の道から入ってきたそれぞれの車が行きたい道を選択し、それに向かってまっしぐら。そうすると、すごいことになります。

この混乱を少なくしようと、この十二本の通りの何か所かに信号機があり、入ってくる車の量をコントロールしようとしていますが、それがなかなか難しい。。大きな交差点を信号なしでスムーズに多くの車を誘導する目的で作られたようですが、このパリでは運転する人たちの性格が問題です。一回の信号機の青で我先とかなりのスピードで予想以上の車が一度にこのサークルに入ってきます。普通に日本の感覚でこの中にはいってしまうと、あれよあれよと、青信号ではいってきた右側優先の人たちにどんどん押し寄せて、気が付くと、凱旋門側、つまり、自分の目指す道から一番遠いところに追いやられてしまうのです。

そして、その中に大きな観光バスが侵入してきた時などは、完全に交通マヒ状態になります。クラクションの嵐に怒鳴り声。たぶん、凱旋門の上からパリ市内を優雅に眺めていらっしゃる観光客の皆様からは、ただ、車が何重にもなって、ぐるぐる回っているだけにしか見えないかもしれませんが、中にいる人たちは、もう、必死です。私は、初めのころ、もちろん、ここからすぐには脱出できず、このサークルを3,4週ほど回りながら、やっと行きたい方向へ行けたものです。

あるときフランス人の友人へこんなことを私は言いました。

「私、あの凱旋門だけは一度で脱出できないわ。みんな、どうやって一度であの混雑の中、自分の行きたい道へいけるのかしら?神業ね。」と質問したところ、「こつを教えてあげる。それはね。他の車を見ないこと、目をあわせないこと、そして、自分の行きたい道へまっしぐら。それしかないね。」と。

これは、私の日本で習った車の運転マナーとまったく逆ではないですか?!ねえ、みなさん、安全確認第一ですよね?!!

しかし、ここは郷に入ったら鄕に従えです。私もとにかく言うとおりにやってみました。その結果、嘘のようにうまくいったのです。

そう、他の車を見ず、自分の行きたい方向だけを見て、殺気立って運転すると、まわりがよけてくれます。自己主張するのです。その強さが勝っている人が勝利を勝ち取る!つまり、そこから脱出できるのです。確かにあぶない、もう、ぶつかってしまうんではないかと思うぐらいに左右に車がせまってきます。でも、以外にも、迫り寄ってくる車を見ていないと相手が気づくと、危険を感じ、自分から身を引いて道を譲ってくれるのでした。

この日から、私は運転方法を変えました。どこへ行くのも、殺気立ち、戦いに勝つぞ、というオーラを醸し出しながらの運転です。

フランス滞在中、頻繁に日本の友人がパリに遊びに来てくれました、そして、よく、車でパリを案内すると、「可奈子、運転、少し、怖い。なんか人が変わってしまったみたい。まるで外国人みたい」とのこと。

そして私は、とっさに答えていました。「みんな、安心して日本に戻ったら、ちゃんと日本人に戻れるから!!」と。

さらに、パリで高度の技術が必要なのは縦列駐車です。

パリは何しろ、駐車スペースが足りません。しかも高層ビルの建設も制限されているので、地下か路上にしか駐車できません。もう、飽和状態です。その中で、どうしても、車でパリ市内に出かけなければいけないこともしばしば。

まず、駐車スペースの狭いこと小さいこと。それに、四方八方から、同じ駐車スペースを狙っている車が何台もいるので、まるで真剣勝負の椅子取りゲームのようです。

「あ、車が出た~!あそこへ駐車だ~!!」と狙いを定めて走り出しても、そのスペースを狙っているのはたいてい2台以上。。もうひどいときには、一方通行の道をバックで全速力で、そのスペースめがけて逆走してくる車も多々あり。これは戦いの他に何物でもありません。そして、負けた敗者は、窓を開け、「プルタン!」(フランス語のスラングでくそっ!という意味です。)と一言叫んで立ち去ります。ひどいでしょ!

自分がこの戦いに勝ったとしても、今度はどう見ても、普通に縦列駐車をしたくてもできないスペースしかないではありませんか?!というかスペースは、ない、といったほうが的確な表現。「みんな、どうやって縦列駐車しているのかな?!」とよく観察すると、なんとなんと、前と後ろの車を自分の車で押しているではありませんか??!!

そう、前後の車を自分の車のバンパーで押しながら、縦列駐車をするのです。もちろん、その押した前後の車も少し動きます。それによってできたスペースでやっと縦列駐車できるのです。すると、もちろん、その押された車とその前の車にはスペースは残っていませんから、また、その車が出るときは、その、前後の車を少し押して縦列駐車から脱出するのです。

「え~!そんなことしていいの~!!!??」と私。

「え~!じゃあ、バンパーは何のためにあるの~!!??」とフランス人の友人。(パリジャン)

なれとは恐ろしいもので、というより、前後の車を押さないと縦列駐車できませんから、私もパリジャンのように、後ろの車を、「よいっしょ!もう少し、あともう少し。」と少し遠慮しながら、30センチ、50センチ、1メートル、と押していると、なんと、車の中に運転手が乗っていたではありませんか?!

この前後の車を押しての縦列駐車、パリでは暗黙の了解で日常茶飯事に行われていますが、実際、自分の車を押されているのを目撃すれば、やはり、誰も黙っていません。

当然怒ります。

私、こういう時、思いっきりスマイルです!これもパリジャンヌ(パリの女性のこと)に教わった方法です。何しろ、最高の笑顔です!!これしかありません!!

すると、運転手は、怒っていた顔からあきれたような顔になり、手のジャスチャ―で、「こら!おしおきしちゃうよ!」(フランス人がよくする手のジェスチャーの一つです。)と表現し、案外、これだけで済んでしまうのがパリジャンのおもしろいところでもあると思います。(笑)

 

冒頭の話に戻りますが、フランス、パリからここカナダ、ケベックに引っ越してきて、一番うれしかったことが、ここの運転マナーです。

みなさん、なんと、よく運転マナーをよく守ること。安全運転なこと。

例にあげますと、すばらしい交差点のルールがあります。交通量の少ない郊外に限りますが、こちらも凱旋門と同じように信号ありません。

でも、こちらは、それぞれの道に一時停止の表示があり、そこへ最初に着いた車が最初にこの交差点を曲がる権利があるのです。

交差点の4方向から、車がほとんど同時に来ても、とっさに、皆、数秒単位の時差を正確に読み取り、実にスムーズに交差点を行き来することができるのです。万が一、同時になった場合は、男性は女性に、女性は若者、若者は老人というふうに弱いものを先に行かせる習慣が言わずがままに自然と行われています。

私、この交差点に最初に遭遇した時、向かい合わせに停車しているケベックワーズ(ケベック人のこと)の車のドライバーが、「どうそ、お先に。。」と手と笑顔でゆったり対応してくれた時には、「ここは、天国?!!。」と思えるぐらい感動しました。

結論です。

今、パリから離れ、冷静に考えると、パリの人たちも、これほどまでに交通量が増えるなど予想もしていなかったと思います。また、パリだけに限らず、この都市人口集中型が引き起こす車の問題は、きっと、世界の多くの大都市の抱える難題かと思います。

お国かわれば運転マナーもかわります。

皆様、海外で運転する際には、それぞれの国の運転マナーを入念に下調べをしていってくださいね。特に運動部などで競争心を鍛えてこなかった皆様、椅子取りゲームなど、苦手な皆様、パリでは運転せずに観光バスでの観光をお勧めいたします。また、凱旋門に登ったら、上から下の車の様子を観察してみてはいかがでしょうか。楽しい旅の思い出になること、まちがいなし!(笑)おすすめはラッシュアワー時です。

あ、くれぐれも日本で縦列駐車するとき、パリジャンの真似はしないでくださいね。日本だったら、きっと捕まります。(笑)

 https://www.youtube.com/watch?v=yHTpcyoJdKI
 

 

 

jeudi 1 octobre 2015


 


世界では養子縁組によって、健全で幸せな家庭があちこちで築かれています。


お子様ができずに悩んでいらっしゃる日本の皆様、一生懸命働いても少子化で未来が見えない皆様、大丈夫です。まだまだ方法はあります。
私の姪が今日で8歳のお誕生日を迎えました。
ベトナム生まれです。現在ベトナム国籍とカナダ国籍を取得しています。
8年前、ベトナムの孤児院から生まれてまもない女の子を姉夫婦が養女に迎えました。
姉の旦那様はカナダに移民したフランス人です。フランスは二重国籍取得が可能な国なので、カナダ国籍も申請しカナダ人でもあります。日本は二重国籍は認められていないので、姉は日本人としてカナダ永住権を取得しケベックに住んでいます。それは私も同じです。
姉は40歳の時に再婚し、すぐに子供を作ろうとがんばりましたが、結局、自分で作ることができませんでした。2,3年間、産婦人科に通い、あらゆる努力をしていました。ニューヨークに名医がいるということで、カナダ、ケベック州から高額な費用をかけて何度も通っていました。それでも妊娠することができず、もう、見ていて、とてもかわいそうでした。
そして、最終手段として、こちらでは、外国の孤児などから養子を受けられるシステムがあり、姉の旦那さまは、姉が苦しんでいるのを見るにみかねて、養子を受けることにしたのです。
申し込みをしてから数年後に、やっと、順番が回ってきて、条件も合い、養子を受けれることが決まり、ベトナムから養女を授かりました。
その私の姪、今年8歳です。
養子が決まった時、私は正直、血のつながりのない子を自分の姪としてかわいがれるのか半信半疑でした。しかし、ベトナムから飛行機でカナダにやって来た小さい小さい乳母車の中で笑っている姪を見た瞬間、そんな心配、どこかに飛んでいってしまいました。
なんと愛らしい。。こんな可愛い子が、なぜ孤児に??!!と思うと同時に、「この子をしっかりみんなで見守り、育てていかなければ。。」という、ある意味、使命感のような気持ちが湧きあがりました。
問題は日本の母でした。。
戦争を体験している母ですので、外国人に対する気持ちが、戦争を体験していない私たちとは違うのです。
日本には、旅行者や国際結婚、あるいは仕事の理由などから滞在する外国人は多くていても、まだまだ日本という国を作るのは、日本で生まれた日本人の血が通った人たちであるべきだと母は思っています。ですので、母にとっては、姉がベトナムから養子にした子供を自分の孫として認めるのは、なかなか難しいことでした。
母にこのベトナムからの養子を賛成してもらうには大変時間がかかりました。おそらく2,3年はかかったと思います。でも、最終的には、愛する娘の子供であれば、自分の孫のように可愛がるしかない、と決心したようです。
今では、自分の孫として心から可愛がっています。
私が今回のお話の中で強調して申し上げたいことは、母に限らず、日本ほど、血筋にこだわっている人種はいないということです。
世界中の先進国がどんどん貧困に苦しんでいる孤児を養子にして、その国の国籍を与えているのに対し、日本では、外国人を養子にして親子関係とは認める法律はあっても、その孤児本人は、自分の生まれた国が国籍であって、里親の日本国籍は、基本的には取得できないようです。まるで日本人の血が流れていなかったら、たとえ日本で育っても、あなたは日本人ではない、といっているようです。ある意味、ものすごい人種差別と言えるのではないかと思います。
姪を8年間見ていてわかったことですが、子供の人格形成は血筋ではなく、教育です。教育次第ですばらしい人格の子供は育てられます。生まれは関係ありません。
また、一緒に生活していると、容姿や肌の色も関係なくなってきます。
生まれ育った環境がつくった人格こそが大切なのです。
私の息子は、日本人の母とフランス人の父を持ち、現在カナダに住む、日本国籍、フランス国籍、カナダ国籍の三カ国の国籍をもち、それぞれの国の文化や言語を学びながら育っています。成人したら、自分で国籍を選ばなくてはなりません。ここカナダやフランスでは二つ国籍を取得できます。でも、日本では、現在一つしか国籍は認められていないので、やはり一般的に考えても、一つより二つの国籍を持っていた方が、このグローバル化した世の中、有利ではないかと判断し、彼は日本国籍を選ばない可能性がとても大きいと思います。もし、日本も二重国籍を認めれば、息子はきっと選択肢の一つに日本国も考えに入れると思います。残念です。こうした日本の外国人に対する閉鎖的な法律がまだまだ存在しています。その結果、多くの優秀な若い人材を失っていくのです。
息子の学校にも、多くの移民、あるいは、養子として海外からやってきた外国人の子供たちがたくさんいます。
アフリカ、アジア、中東、南アメリカ、そしてヨーロッパなどの世界各地からやってきた子供たちが、カナダ国籍を取得し、準100%のカナダ人の子供たちと同じような教育がうけられます。そして、すばらしい人間が形成され、ケベックを支える大切な人材となるのです。
ちなみに写真に写っている真ん中の女の子が姪のマイア8歳です。左端の日本人とフランス人の混血が私の息子ルカ16歳、その他、うちの親戚の子供たちです。フランス人とポルトガル人の混血、フランス人とエジプト人の混血です。ここケベックは、現在、100パーセントのカナダ人を見つける方が難しいぐらい移民が多く、それぞれの生まれた国、両親の母国のの文化を大切にしつつ、カナダ人としていろいろな人種と共存しながら平和に楽しく生活する習慣が小さい時から自然と身についています。
結論です。
さて日本は今、少子化時代に突入しました。
私も日本に帰るたびに、町に子供の姿が少なくなったと肌で感じます。また、その少子化不足を補うために海外からの移民も考え始めていることも耳にしました。もちろん、すぐに即戦力になる外国人の移民も必要だとは思いますが、少し長期な計画として、世界中の貧困に苦しむ孤児たちを受け入れる窓口を大きくし、幼い時から日本の素晴らしい教育をして育て上げ、日本の将来につながる、すばらしい人材を作ることも考えてみても良いのではないかと思います。
私の経験上、愛情をもって接すれば、どんな国籍でも、どんな容姿や肌の色がちがう人でも、しばらく一緒にいると、そんなことは、まったく気にならなくなります。夫婦だってそうではありませんか?!しばらく一緒にいると、容姿はあまり気にならなくなり、人間性のほうが大事になってきますでしょ?!それと同じ事だと感じるのです。
 
今日は、スーパムーンでした。
ケベックからのスーパームーンの満月も最高でした。
日本のスーパームーンもきっととても美しかったことと思います。
地球上の世界各地のどこからでも上を見れば、見える月は一つだけ。月はみんなの物ですね。
地球の土地や資源もみんなで共有すれば世界中が平和になるのになあ、と思う今日このごろです。

 
 
 
 

 

vendredi 18 septembre 2015

自己紹介


初めまして、曽根可奈子と申します。現在50歳になります。

縁あって、カナダのケベック州に住みはじめてから、約10年が立ちました。

8月より、知人の紹介により、潮凪エッセイ塾に参加させていただくことになり、現在、文章の書き方の指導をうけています。また、先生から指導をうけながら、エッセイをブログに載せてみては、とも、アドバイスをいただきまして、ブログを始めさせていただきました。

まだまだ、文章としてはド素人の私ではございますが、フランスやカナダで送る海外生活17年間の楽しい経験や辛い体験談などを通して、外国人と日本人との考え方のちがいなどや文化の違いなど、日本の皆様に楽しんでいただけたら幸いです。

「これまでの人生の経緯」

私、もともと、日本では矯正歯科医師でしたが、ここケベックに引っ越したからは、主婦に専念しております。

カナダに引っ越す前は、7年程、フランス、パリに滞在していました。フランスでは、歯科関係の友人がフランスにいたので、パリ第5大学歯学部の舌側歯科矯正治療の2年間のアドバンスコースに外国人枠として入れていただき、そのコネクションで、矯正歯科の開業医のもとで、歯科関係の仕事につくことができましたが、ここケベック州は、医療機関の外国人に対する法律が厳しく、また、一から歯科大学に入って学び直す必要があり、主人も、フランスからケベックへ移民して、仕事が、まだまだ起動にのっていなかった事、そして、子供がまだ小さかったこともあり、残念ながら、歯科関係の仕事は諦めるしかありませんでした。最初の数年はかなり落ち込み、鬱病寸前でした。しかしながら、これではいけない、と気持ちを切り替え、歯科医師時代にはできなかった事に色々挑戦しようと、現在、書道、華道、短歌、スキーやゴルフ、ガーデニングや写真などの勉強を始め、毎日、楽しく生活しています。また、これらの趣味のほか、よく考えて見ると、小学校の時から、文章を書くことが好きで、事あるごとに、何か書いていました。

こちらに来た当初、友人も少なく、外にあまり出なかったので、フランスでの歯科経験やこちらに来て感じたことなどを歯科雑誌に投稿していました。そして、フェイスブックができてからは、遠く離れた日本の友人、フランスの友人、世界各国で活躍する友人たちと簡単に連絡がとれるようになり、ここケベックでの生活を自分で撮影した写真と共に、文章にして、皆様に読んでいただけることも楽しみの一つになっています。こんな文章好きな私ですが、もちろん、文章の書き方を本格的に習ったことはなく、ド素人の私ですので、時々、文章が、ものすごく長くなってしまったり、支離滅裂になってしまう事も多々ありますが、それでも読んでくださる方々がたくさんいらして、とてもありがたく思っています。

 では、秋間近、林檎のおいしい時期になったカナダ、ケベック州から、ブログをスタートさせます。

どうぞ、これからよろしくお願いいたします。

皆様、感想、ご意見など、お御寄せくださいませ。

メールアドレス;kanakosone2gmail.com

 

 

 

 

「日本のお父さんたちを元気にするコラム がんばれJapanese Daddy!」






まず、日本人のお父様たちに申しあげます。日本のお父様さまたちほど、働きものは、世界にいない、ということです。

例えば、私の住むカナダ、ケベックにおいては、帰省ラッシュ午後3時から始まります。少し油断して町の中心地に3時すぎまでいると、通常30分で帰れるところ2時間近く渋滞に巻き込まれることがあります。こちらに移民してきた当初、この事を知らず、よく渋滞に巻き込まれ子供の学校のお迎えに間に合わず、車の中で大慌てした経験が何度かあります。

また、残業というのも存在しません。4時には、子供の帰宅に合わせて、仕事を切り上げ、夕方、家族でゆったりと過ごすのがこちらの生活です。

フランス、パリ在住歴7年、カナダ、ケベック歴10年の私の個人的感想ですが、こちらの人たちにとって仕事は、ただの生活する手段であって、生きる目的ではないという印象です。中国、韓国に関しては、またこれ、ちがう印象がありますが、あくまで、西洋文化においての印象です。

私の親戚にケベック人で、北アメリカ地方の日本の会社ソニーの相談役がおります。就任当初、本人は、就業時間終了とともにすぐに帰宅したいところ、日本から派遣されてきた社員のみが帰ろうとせず、自分も帰れない状態となり、日本人の勤勉さに驚いておりました。

日本でも、土日が学校、会社、お休みになりました。また、残業をなくそう、など、早く帰宅できるよう早朝出勤などなど、労働体制がだいぶ変わってきましたが、やはり、、、日本人の気質でしょうか、、仕事をきちんと片づけて帰宅したい、と思う方、少なくないと思います。

もちろん、このちがい大きいです。傍から見れば、海外生活、理想的なうらやましい生活かもしれませんが、経済的には、日本のように潤ってはいません。

それだけ働く時間が少ないということは、収入も少なくなりますから、税金も少なくなり、国全体の経済も、それなりなのです。

何を申し上げたいかといいますと、人間の能力に日本人だろうと、カナダ人だろうと、フランス人だろうと差はないと思います。やはり、働いた時間が多い程、収入は多くなり、経済的には潤います。ただ、外国人は、日本人のようなに、一生懸命に働いて富を得ることに趣きをおいていないということなのです。

どういう生活をしたいか、何を幸せとして生きていきたいのか、というところの価値観の違いだと思います。たとえば、こちらケベックの高速道路、穴があちこちに開いていて、自分が気をつけていないと大きな事故につながります。高速道路の街燈など、最低限しかありません。日本に比べると、暗くて、相当気持ちをしっかり集中して運転しないと事故につながる確率とても高いです。これらの公共機関の充実、便利さは、日本はトップクラスです。日本人がいかに働き、税金を支払い、国を支えているのか海外にでるとよく見えてきます。

ですので、海外に住み始めた日本人から、よく耳にすることは、「日本がいかに便利で住みやすい国だということが海外に出て初めて痛感した。」という声です。

少し話が飛びますが、阿部首相が、女性がどんどん働ける環境を整えつつありますが、では、女性が男性のようにフルタイムで働きだしたら、だれが家庭を守るのでしょうか。皆様、家庭という漢字、よく考えてみてください。家の庭と書きますね。家のお庭のお花たち、水をあげたり、雑草をとったり、肥料をあげたりと、愛情もってお手入れしてあげないと、荒れて、のちには枯れて崩壊してしまうように、家庭というものも、誰かが愛情もって食事を作り、掃除をし、皆に楽しみを与える環境を作っておかないと、やはては枯れはて、崩壊してしまうのです。そして、荒れたところで育った子供たちは、豊かな未来を作ることができない存在となります。これでは、日本は崩壊してしまいます。

しかしそれでも日本の奥様たち、世界でもまれにみる、裕福な経済大国日本で生活したいのであれば、日本のお父様たちをぜひ、応援してあげてください。そして、家庭を守ってください。子供のため、日本の将来のために。

私の個人的見解になりますが、女性も家庭に閉じこもらず、社会とつながっている必要はあります。社会に必要とされている存在でいるべきです。たとえば、子供の場合もお手伝いしてほめられると、いききした表情で喜びますね。人にほめられ必要とされることは、人間の本来の性質なのです。大人も子供もそれは同じことです。それを奪うと鬱病などの病になっていくわけです。ただ、男性と対等と働き経済的に潤い、社会に役に立ち充実した生活を一個人としてみたら良いことかもしれません。しかしながら、家庭を守ることができなければ、最終的には、成功した事にはならないと思います。

結論から言いますと、今の世の中、生活がどんどん、便利になり、何でも簡単にほしいものが手にはいるようになりました。この欲求を満たすためにどんどん、発展していく世の中、きりがありません。その上、それらの現代社会の生活を維持するために物価も税金もどんどん上がっていきます。その世の中に対応するためには、夫婦とも働きでなくては満足する生活が得られなくなってきた日本があるのです。みなさん、どうか、どこかに選択しを決めてください。自分の人生の目的をどこにおくのか、あるいは、大きな目でみて、将来、どういう日本にしていきたいのか、経済大国のままでいきたいのか、あるいは、ケベックのように、日本みたいには便利で豊かではないけれど、家族でゆったり生活する余裕がある国にしていきたいのか、今こそ決断の時です。二頭を追うもの一頭も得ずです。これが今の日本です。外から見ると、とても中途半端な日本に見えます。ないものねだり、あるいは、全部ほしい、それが今の日本です。経済大国で便利で物にあふれた生活もしたい、でも、外国みたいに仕事時間を減らし、ゆっくり、家族でくつろぎたい、が今の日本です。しかし、これは無理な話です。さきほども言いましたが、私の個人的見解、人間の能力、皆、同じ、寝なくてはいけない時間、皆、同じ、その中で、できることは限られているのです。そこを無理すると、家庭崩壊、離婚、子供がぐれるなどなど、バランスがくずれてくるのです。

日本の女性のみなさん、不満があれば、1年ぐらい外国に留学してみてください。優雅な生活をしているように見えた海外生活、実は、日本のような、豊な生活はしていないのだということにきがつきます。

日本のお父様たちが一生懸命働いているから、今の日本があるのです。「ありがとう!お父さんたち!」と皆で声をあげて褒めてあげましょうよ。